インクジェットプリントの着物が欲しい話

ふらっと入った着物屋でのわたしの最近お決まりのフレーズは、

 

『インクジェットプリントの着物、置いてますか?』

 

この質問に対するお店の方の回答は色々でとても興味深いです。

 

個人経営の着物屋さん

ウチはそんなん置いてませんし。職人を大切にする友禅染の品物しか置いてません。

 

 インクジェットプリント着物、完全に拒絶派。京都の呉服屋さんに多め。

とか。

 

I 百貨店の呉服コーナー

インクジェットプリントは染め部分の見た目がぺたっとしていて、裏は色がついていないから裏側の生地は真っ白でした。

生地を引っかけたりして糸が出たらそこだけ真っ白になってしまう懸念があったんですど、最近出てくる機械染めは裏側にも色がついているものが多くなって、技術の進歩が素晴らしいです。

M百貨店の呉服コーナー

もう最近は裏側まで浸透するインクになってきていて、私たちもインクジェットプリントなのか型友禅なのか手差しなのかわからなくなってきています。

インクジェットプリントをよく思っていない人も多く、インクジェットプリントだと客には伝えずに振袖を売ることもあります。

と仰るお店など。

なかなか面白いのです。

 

私調べによりますと、

百貨店の振袖の未仕立て仮絵羽価格で、

手染めの京友禅が150万円ならば、

インクジェットプリントの商品は15万円くらい。

圧倒的にインクジェットプリント着物が安いです。

 

 

着物の染めを詳しく知らない人に簡単に説明すると、

国内の着物の染め方、手法の違いです。

人間か機械か。

 

人間の手書きで色をつける友禅染や、

人間の手で製作される型友禅がある。

機械で正絹に染めるインクジェットプリントは最新の技術である。

 

初めて私がその存在を知ったのは2019年頃。

千總と高島屋のダブルネームの振袖で、

グッドデザインの正絹振袖が安価で買える新しい商品だと振袖専門雑誌で知りました。

 

 

あれから5年、この着物業界におけるインクジェットプリントの黎明期は、過去の私の仕事現場で起こっていたカメラのアナログからデジタルカメラに移行する時にちょっと似ていると思いました。

 

2023年、現場で使われているカメラはほぼ99%デジタルカメラ。

フィルムで撮影するカメラマンは自身で暗室に入って紙焼きするようなアーティストです。

 

30年前はアナログカメラが主流で、ポラロイドカメラでテスト撮影をしてから本番のフィルムで撮影するというのが一般的でした。

ポラロイドカメラで何枚も何枚もテスト撮影したり、今思うと非常に手間のかかる事をしていました。

今ではデジタルカメラでサクッとテスト撮影確認、同じカメラで本番撮影です。

 

当時、もう俺は絶対デジには行かない。と頑なに拒否する年配のカメラマン、

デジタルカメラとそのパソコン周りの操作を受け入れてゆく若手カメラマン。

両者がせめぎあっていましたが、

約30年が経ち市場はほぼデジタルカメラ一色になりました。

 

こちらの画像は私の所有する花籠文様の着物です。

花の種類も豊富で竹籠の描写も綿密で絵画を見ているかのようです。

 

花籠が大きく模様づけされていると実に豪奢ですね。

 

この着物が

手描きの友禅か、

型紙が用いられた型友禅か、

インクジェットで染色されたデジタル染色か、

どのような方法で染められたか、写真でわかりますか?

 

こちらの着物は、京友禅の老舗、千總で販売されていた品物で、

下絵を小嶋紀一 先生、

制作を正木染工株式会社、先々代の正木林三郎 様が型置きをしたもので、染料を刷毛に含ませて摺る(する)、摺り型友禅で、千總の型染めの代名詞となる技法です。

 

大変素晴らしい型友禅作品ですが、その染めの違いがわかる人がどれほどいるでしょうか。

 

私もこの型友禅を製作された職人さんまでを知れたのは本当にたまたま、この花籠文様のシリーズ作品の絵が美術館に展示されたミュージアムピースだったからです。

 

着物はどのような職先、職人さんによって、どのような手法で作られたのか、洋服以上にわからない世界だと思います。

 

今後は着物がどのように染められたのか、どのような職人が作ったのか、

スーパーで売ってるお野菜の生産農家の写真付きのように、わかりやすくなればいいのにと思いました。

 

 

国内の衣料品プリントの捺染(なせん)の機械技術はインクジェット同様、大変素晴らしく正絹の裏側まで浸透させるインクや、より良いプリント技術も今後素晴らしい発展を遂げることでしょう。

 

きっと30年後は機械プリントの着物が主流です。

 

染めも機械、刺繍もミシンで、めちゃくちゃ豪華な作品が無限に生まれるのではと思いました。

 

今後はお蔵に眠っているデザインを大切にして、

染めの職人が居なくなってもインクジェットプリントや捺染で復刻、再現できるよう願っています。

 

 

おしまい。

 

2023年12月

スタイリスト瀬戸芙美香